私たちの知性やふところを脅かすものは何ほどのものでもない。私たちの魂を脅かすもののことだけを考えればよい。大きな脅威は常に私たちの内部にある。学者や盗人を恐れる必要はない。それは悲しい自愛に満ちた杜撰な心と、うわべだけの生活に危険をもたらすものだ。私たちは私たちを滅ぼそうとする自分自身だけを恐れているべきだ。
本能に衝き動かされない人間のうちに真に確実なものはあり得ない。もしかしたら、本能は知力にまさっていて、動物は人間よりもすぐれた光明に照らされているのかもしれない。
四百七十二
みごとな物質主義をうまく身につけた者は、正当・不当に得た地位も、変節も、利益ある背反も、ご都合な自己弁解も、そういったすべての人間的責任から離れた喜びを、食っていく喜びに素直に結びつける。彼は自分の人生のためにうまく味つけできる一つの哲学を持っている。その哲理は、美妙で、精緻で、富を愛する者だけが理解することができ、彼の人生のどんな物質的側面にもよく効く万能のソースである。
JUGEMテーマ:読書
]]>四百七十一
いつも辱められている者は、他人の尊敬に飢えている。
]]>
社会的正義によって人類の進歩を果たそうとする人は、怒らなければならない。怒らずに鉄槌を振り下ろすことは偽善にすぎない。憤怒こそ進歩の一要素である。
]]>四百六十九
私は弱い人の方へ振り向き、歩み寄る。自分が弱い人間であることを忘れて、ひたすら見つめる。そうすると、高い空の下に弱者の生きいきとした光耀が認められ、深く愛する気持ちになる。
四百六十八
栄達を拝し、手段選ばぬ成功を尊崇するような、放恣きわまる私利私欲と金力のみに基礎をおく一連の社会組織の前にあって、人間的正義の力がいかに無力であるかを私はとくと思い知らされ、生きる気力を失うほどに慄然とさせられた。私の芸術は、その恐怖と静かな諦念から出発した。
◇
空を見つめる人の悲しみを描いて、地上を見つめる人の悲しみを和らげよう。それこそ私の願うところだ。
JUGEMテーマ:読書
エイゼンシュタインの『イワン雷帝』は詩精神で歴史を扱っている。これは歴史を扱う最もよい方法にちがいない。ごく最近の事件でさえひどく歪められていることを考えると、単なる羅列的な歴史は歪曲の堆積であろうと疑ってよい。それに反して、詩的解釈というものはかえって全体的な把握感を与える。要するに、なまじ史書などというものよりも、芸術作品のほうがはるかに多くの確かな真実を伝えるのである。
キリストは笞をとってエルサレムの寺院から奸商らを追い放った。彼の光輝に満ちた笞は真理を生々しく語る。
]]>
「しょせん世の中は実力より阿諛追従、弁口頓才が第一です」
「蟹は蟹なり鰻の穴には棲めぬと申します、半年一年の眼で見れば弁口頓才も勝ちましょうが、人間一生は五十年が勝負、それは些かお考えが狭くはございませんかな」
「狭くも広くもこれが拙者の本音ですよ」
―山本周五郎『人情裏長屋』
]]>
知性だけがあって情操が皆無というのは悪人の特徴であり、逆に情操ばかりあって知性がないというのは無害の愚者ということになる。知性と情操とが理想的な均衡を得たとき、はじめて悪人でも愚者でない別種の人間が誕生する。その彼らが各分野の覇者であることは望ましいが、そのユートピアに向かってほとんど悪人と愚者で占められている人間界が惜しみなく努力することはまずない。
JUGEMテーマ:読書
四百六十三
私は学術的な知識にははなはだ疎い人間である。それなのに専門家の助言を求めることをしない。しかし、あまりの無知と怠惰に危機感を抱かないわけではない。レッテルや背景や見せ掛けがほしくないわけでもない。それでも私が他に扶けを借りようとしないのは、もし、何らかの形で、無知で怠惰な私の運命に専門家の干渉を加え、いわれのない学術的な幸運を甘受して、がんらい粗末であるはずの運命を変えたりすれば、運命の寵児となった私は相応以上に振る舞わねばならず、その私を貶めようとつけ狙う者たちが、私をさっさと抹殺してしまうような気がして恐ろしいからだ。自力で築き上げた知識に拠る分相応の運命ならば、貶められてもちっとも口惜しくない。
無知と怠惰を押し通そうとする私の心には、さらに深い意味合いがある。私の周囲には、私が人生の大半を通じて知恵の浅い原始人であったことを記憶している大勢の人びとがいて、私の飛躍を決して信じようとしないということだ。私の蓄えた知識に疑惑を抱き、真摯な物思いを信じようとせず、どれほど粗末な知恵に改良を加えようとも、私の雄飛を笑い飛ばす人びとがいるということだ。その範疇は、親族から始まって、身近な友人、そうして同僚をはじめとする細かな知人にまで至っている。彼らは私がものを書くことも、英語の教師をしていることも、趣味の多岐にわたる深化も、どれもこれも分不相応の営為として疑惑の目を向け、アラを捜そうとする。―バカのままでいるにかぎる。このルサンチマンに満ちた決断以外のものを私はよしとしない所以である。
◇
人間の真実について―涙をうかべながら語る者だけを、わたしは賞讃し、尊敬する。―パスカル
]]>四百六十二
頭の回転の速さは意志の力を弱め、不断の知的な分析癖は感情の清新さや判断の明快さを殺す。
]]>
乳色に曇りながら光る空なぞは、私の心を疲れさせた。自然は、私に取っては、どうしても長く熟視(みつ)めていられないようなものだ……
―島崎藤村『千曲川のスケッチ』
]]>
真の成功は、人間を愛想よくする。