無題

         四百九
 
 神や仏を言葉にする者は、なるほど、瀆神の行為をひけらかしたり、不敬の言辞を吐き散らしたりすることによって自分の立場を宣明する型の無神論者ではないが、『神や仏』を自分の成功や愚行を許容あるいは静観している他者、つきつめれば自分自身を指すほどのものとしか捉えておらず、熱烈な崇敬をこめて鑽仰される人格神と考えることは決してない。
 彼らは宗教の超自然的含蓄には興味を示さず、殉教の熱情など思案の外である。たしかに勤行や礼拝には、かなり規則正しく出席するが、それはもっぱら世間体のためであり、せいぜい説教に現世利益の演説会を期待する程度の興味があるからである。