感情

        四百三
 
私は、何かを立証しようと意気込む人びとに、一度も反論したことがない。一分前にはまるでちがうことを言っていたのに、
「そう、ぼくも同じように思う」
と答える。ことの意義と本質を見て取れる私にとって、そんな些細なことが何であったか、不幸の責任を自分で担おうが、彼になすりつけようが、そんなことが何だろう。私にはまったくどうでもよいことなのである。
なるほど私は、血気盛んなころ、その達成を目指していた唯一の目的から逸れるような言葉は、一言も口にしたことがなかった。明らかに、不本意ながら、どうせ理解してはもらえないだろうという苦い確信をもって、私は何度かさまざまな状況の中で自分の考えを述べたことがあった。虚しかった。予想したとおり、言葉だけでは、ことの意味を見抜いているわけではないという応対を繰り返されたのである。言葉だけでなく、私の行動も同一の目的に向けられていたのだったが―
進展してゆく現象の意義を洞察するこの私の非凡な力の源泉は、私がその純粋さと能力をいささかも損なわない形で自分の中に持っている感情にある。この感情があったからこそ、私は人間として周囲の人びとを救い、哀れむことに自分の力のすべてを傾けることができたのである。