四百三十

 

 十五歳 ― あの女の涙。彼女は何か重要なことをしゃべりながら思わずポロリと涙をこぼした。でもそれは、あたかも彼女の思想を象徴するような性質のものであって、つまり私には迷惑きわまる涙だった。そのひとしずくの涙こそ、そのとき私を彼女のものにしたすべての力で、また、いまもなお私をしっかりと呪縛している罠であった。

 

川田拓矢 21歳

 

 

無題

         四百二十九

 

 私の文学は、知性の変容を基とする文明魂は希薄かもしれないが、人間感情の不変とその遵守を基とする文化魂には満ちているだろう。

 

川田拓矢 17歳

時代錯誤的な

         四百二十七

 

 時代錯誤的な芸術家だけが創造的でありえる。

 

 

アイデンティティー

          

         四百二十六

 

 日本人にはアイデンティティーがない、などという知識人の発言を聞くと、私は首をひねる。私が長く生きて経験してきたところによれば、アイデンティティーの強烈な所有者は、日本にも外国にも同じ割合で存在する。しかもどんな分野にも確実に存在する。肩書きと権威獲得に人生を費やしたわが国の文化人どもは、外国人のアイデンティティーの輝きはすぐに認めて感服するが、たまさか日本にそのような人物がいると、せっかく築き上げたプライドを身近すぎる存在に傷つけられるのを恐れて黙殺する。わが国では彼らの見解がすべてである。そこで、日本にはアイデンティティーの乏しい人物しかいないという結論になる。

 彼らの敬遠するアイデンティティー豊かな人物というのは、したいことだけをして、いやなことは絶対にしない快楽原理で生きている。その原理は、困難な目標を設定してそれを達成することにある。からだの内部に一つの欲求が生まれると、彼はそこに向かって心身ともにあらゆる努力を惜しまない。彼は『艱難なんじを玉にす』とか『努力こそ人生最高の徳義』などといった堅苦しい倫理観を持っていない。思い定めた快楽の実現を図り、そのために未開の地へ足を踏み入れることに情熱を燃やす。とにもかくにも、『これをやらなくてはならない、やらないと収まらない』という虫が体内にいるのである。時間をかけて、あらゆる手段を尽くし、場合によっては倫理を破壊してまでも思いを遂げようとする。

 その結果彼は偉大な仕事をする。彼の業績を初志貫徹とか、堅忍不抜の成果などという言葉で讃美するのは適切でない。彼はエゴイストではないが、しごく気儘な人間であり、すべてを圧倒する特殊美学を頑迷に持っている。彼は、決意によってことを行うのではない。理路整然としない、また輪郭鮮明でもない美的なヴィジョンが彼の体内に宿り、完成形とおぼしきものが現実的な像を結びはじめる。その過程で彼はえも言えない快感に襲われ、その快感に励まされながら焦点を絞っていく。ヴィジョンはようやく鮮明な像を結ぶ。その像は彼の特殊な美意識によって最終的な手入れを受ける。それが最初のヴィジョンから少しでも逸れていると、彼は不快になる。

 しかく彼の行為はかならずしも合理的に遂行されるのではなく、強いアイデンティティーが包蔵する特殊な美意識、あるいは快感に衝き動かされて進行するという不可解な面を常に持っている。かくなるアイデンティティーの塊である天才を、美意識と快美感を持たない知性人が理解しえずに敬遠するのは理の当然であろう。

 

 

原宿竹下通りの混雑

 

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精進

         四百二十五

 

 どんなにすぐれたよいものであろうと、他人が見出し、使ってしまったものには熱意を示さず、自分が苦心して見出したものだけに精進するのが芸術家の魂である。

 

友人

         四百二十三

 

 友人とは、彼といっしょに悪いことをしてみたくなるような人間を謂う。

                        ―アンドレ・ジッド

 

 

 

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