無題

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   三百四十

 

 知性や学力に関していつも人から疑われ、だれでも知っている言葉しか使えないけれど、どんな悩みでもやさしい目で見、やさしい言葉をかけてくれるので、困ったときには気安く訪ねていける、私はそんなタイプの人間として見られてきた。そしてそのまま立派に役割を果たして、彼らの目論見どおり知的な頭角を現すことなく、空しい人生を終えようとしている。

悪人

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      三百三十九

 

 悪人ほど他人の善を信じたがる者はない。彼等は、自分が年中嘘をつくから、他人も嘘をつくのだろうとは思って居ない。嘘をつくのは自分ばかりで、他人は皆正直だと考えて居る。(それ故に彼等は孤独を感ずるのである)此の意味に於いて彼等は至極おめでたく出来上がって居る。悪人は度々人を欺く代りに、自らも欺かれ易い人間である。悪人の性質に、おめでたい所がなかったとしたら、彼等の悪は成功する訳がない。

       谷崎潤一郎『前科者』

私の胸だけを

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         三百三十八

 

 これらのことばは、きっと私の胸だけを打つのかもしれない。

 

 

     三百三十七

 

          

 女はいったん愛するとなれば、その刹那の運命を、いや生涯の運命も、現在も未来も何もかも一時に投げ出して、そのために彼女たちの美はみるみるうちに、愛する男の中へ溶けこんでいく。この痩せた頬これもやはり私の中へ溶けこんだ美だ。私の一刹那一刹那の歓楽に溶けこんだ美なのだ。

          

 まれに自分なりの服装をまとっている女が存在する。このことを悟らない何千何万の女は、ひたすら単純に流行を追いかけると彼女は思っている。誇り高き稀少な彼女の恐れるのは、自分を愛するやはり稀少な男の冷笑的な視線である。その視線の中に、自分を待ち受けている将来に対する完全な理解が示されていると感じるからだ。

 ところが当の稀少な男は、そういう女の不断の恐怖を叩き壊そう、流行に染まろうと染まるまいと変わることのない彼女自身の価値を説明して、彼女がむしろ自分より優れている点を一つ残らず納得のいくように言い聞かせ、自分なりというのは勝手な幻で、どんな服装をしようと常に彼女は彼女なりなのだと教えてやろうと悶えているだけなのである。

墓標

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     三百三十六

 

  墓標の前に来ないでくれ

  私はそこにいないのだから

【五十七歳年末】

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   三百三十五 【五十七歳年末】

        

 浮世の月 あまりに見過ごしにけり あと幾年?

                         

 私は、事態が行き詰るようなよくよくの場合でも、その場になれば自ずと解決の道が開けて、思ったよりは何ごともなくそこを乗り切ってきた。このまま生きつづければ、私は、死んで仏から神に転身する豊穣の時期を経験することもなく、おそらく少なくともあと三十年はめでたく延命しおおせて、子もないのに、生きながら先祖さまになってしまうだろう。

悪いことや浅ましいこと

 

    三百三十四

 

 人の行う悪いことや浅ましいことのなかにも、永遠のものがあるような気がする。

ほんとうの木

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 三百三十三

  木は上半身を伐られると、よく根のそばから新しい芽を出すけれども、それと同じように青春時代に苦悩で痛めつけられた魂は、人生の初めの夢多き幼年時代へ戻っていくことがある。そこに新しい望みを発見し、断ち切られた人生の糸を新たに手繰り寄せることができるとでもいうようだ。根もとの若枝はみずみずしく、早く伸びてゆくけれども、それは見かけだけの命だ。けっしてもう一度ほんとうの木にはならない。

科学と芸術

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  三百三十二

 

 科学と芸術とのあいだの戦いでは、いつでも科学のほうが正しい。想像はいつも批判精神に敗北する。しかし、芸術のほうが、信念と、愛と、慰めと、美と、永遠の生命の種を絶えることなく蒔き、しかもそれらがよく育つための土壌を絶えず耕すのだ。生は死よりも強く、信念は疑いよりも力があるからだ。

モグラ

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   三百三十一

 
 衆に抜きん出る幸福こそ、その幸福を求める意欲こそ、
めくらのモグラと同様、自分以外のものを何ひとつ理解することも、見ることもできない原因になる。

 

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