都会

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   三百三十

 

 都会。ここから広く外に眼を向けて活動したような人間は、まだ一度も生まれていない。何千年ものあいだ、たくさんの、しっかりした市民を生み出しはしたが、一度も偉人とか、天才を生み出したためしはない。それもそのはずで、彼らの憧れとなる存在は、自分の力量で手の届く小役人か素封家だからである。彼らはそういった人種の前では頭を低くして、付き合ってもらいたがる。陰ではさんざん悪口を言うのだが、おかしなことに、彼らのいちばんの望みは、できることなら勉強をして小役人か素封家になることである。この情熱は冷めることがなく、累代、子々孫々にまで伝えられる。

そのもの自体の美しさ

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  三百二十九

 

 人の褒め讃える長所を見ずに、自らの好みや知識を超越したところでそのもの自体の美しさに気づき、認め、信じ、主張し、抱擁しなければならない。

読書

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  三百二十八

 

 私は読書の黎明期から、空疎な、虚栄心に近い読書欲に駆られてわかりもしない難しい書物を鵜呑みにすることはなかった。私は自分の鑑賞に堪える純文学書を選んで、あたかも美味しいものをむさぼり喰らうように読んだ。ひとたびある書物が気に入ったら、二度も三度も繰り返し読んで頭に納めなければすまなかった。その結果、一人の作家に凝りはじめると、彼の思想や文章を奥深く突きつめようと志して、ついにその人をかぎりなく崇拝し、私淑し、盲愛するほどにまで進んだ。やがて私は、自分は学者としてよりも芸術家としての天分のほうが豊かである、という結論に達した。それと同時に私は文学青年特有の惰弱、軽率、不規律、自惚れ、非常識といったものに満たされていった。そうして私は永遠に、無学の人となった。

芸術の境地

 

   三百二十七


糜爛(びらん)した官能の快楽より外に、芸術の境地はない。
             ―谷崎潤一郎『亡友』

権威者

 

 三百二十六


  権威を目指す場合、他人が、とりわけ外国の権威者が発言するまでは、発言してはならない。盗用のアイデアが熟するまで沈黙を守り、チャンスを図り、ついにまことしやかに言い出した卑怯者こそ、わが国では権威者となる。

人の話すこと

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  三百二十五

  人の話すことはみなほんとうである。つまり、その話の根底にはかならずいくばくかの真実が含まれている。

希望

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 三百二十四

  この世はどのように複雑に考え直しても、善と悪というともに永遠不変の単純な二つの力に絶対的に二分されており、その力の抗争にこそ万物の流転が関わっているようだ。そうであるかぎり、私たちの上に重くのしかかっているさまざまな災厄に対する直観も、社会秩序の不均衡やそれから生じる多様な隷属の形態などに対する直観も、すべて無駄なものである。それゆえ、いかに惨めな災厄に見舞われようとも、淋しい隷属に屈しようとも、悔恨に飲みこまれないで生きてゆくかぎり私たちの希望となるのは、自分の愛する者の善悪を超えた光り輝く単純さと、生得的な偉大さである。

消え失せたもの

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  三百二十三

 
 いったん消え失せたものはすべて、さらに一層消え失せる運命にある。

第322章『権力』

 

三百二十二

 

 下積みの人間は、自分を護ったり、自分の値打ちを発揮したりするすべを知らない。権力者が法を超越している社会では、どうもがいてもだめなのである。

 

第321章『女』

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   三百二十一

  

自分の気質の持つ宿命的側面を認めようとする傾向が生じたのは、女のせいだと考えずにいられない。女のおかげで私は、すべての生き物に魂の交流なしに抑えがたい共感を抱くようになり、彼らの全体がひとつの肉体交響楽的必然換言すると、そのうちひとつでも欠けたら肉体連絡の全体が決定的に損なわれるという、そうした必然を信じられるようになった。私の思う必然とは、精神の非疎通、肉体の疎通であった。

 やがて、ただひとつの階層の人間だけが、私がに対して抱いているこういう考えに真に合致するように思えるようになった。十八歳の深夜の覚醒だった。もちろんその階層というのは、匿名の売春婦だった。私は高校生の小遣い程度の金で一人の売春婦を買った。彼女は静かに私を導き、共同の行為を完遂し、静かに私の前から去った。私は彼女に宗教家に対するような称賛の念を抱いた。

 思い返せば、母が私の恋の行く手を阻んだとき、とっさに思い浮かんだのは救済者である彼女たちの姿だった。そうして自分にはまだ売春宿が残っている、まったくありがたいことに、最後にはそれが残っているのだと考えて自分を慰めた。売春宿というものを、私は精神を喪った者たちの神殿だと解していたから。恋という魂を失った、私と同じ境遇の男どもがそこへいって、感覚の共生という全き無垢の機械的な祈りを介して、見知らぬ女たちの手で肉体をあばいてもらうのだ。そのとき、内なる祈りの場の神殿は静寂でなければならず、信者同志は一言も口を利き合ってはならない。そこでは匿名厳守のもとに、ことばを発する必要がないようにいっさいが準備されている。種としての匿名性を獲得するために、だれもかれもが仮面を被っているのだ。これこそ私にとって精神の非疎通、肉体の疎通の永遠の調和だった。

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